最後の国立 早明戦の片隅で

黄昏時の「ノーサイド」を聞いて、思わず涙がこぼれそうになった。
ユーミンは好きだが、特別この歌に何か思い出があるわけではない。
ましてやプレーヤーとして、国立や早明戦に縁があったわけでもない。
私は15歳、高校1年生からラグビーを始めた。
そのころは人気が高く、ラグビーをやっているだけで一目置かれた。
大試合があるときは練習後に秩父宮や国立にチームで向かった。
そこで観た試合はまるで別世界で遥かかなたの空間に見えたものだ。
欲しくて、欲しくて、たまらないものがそこにあるのに、
手が届かないことへのもどかしさや悔しさ、
それは今になっても言葉にできない。
そんなものが秩父宮や国立にはいっぱい詰まっていた。
昨日、夕日の中、ユーミンの「ノーサイド」を国立の記者席で聴いているとき、
ふいに複雑な思いで見つめ続けた少年期の頃を思い出してしまった。
また、ラグビーは気高く、美しい競技なのだということも。
2013年12月1日
国立競技場で行われる最後の早明戦に訪れた観衆は46961人。
すり鉢状の競技場が久しぶりにどよめいた。
早稲田大は1敗、明治大は3敗。
優勝争いではないものの、これが早明戦なのだと久々に体感した。
スポーツの名勝負とは選手と審判と観衆が生み出すものなのだ。
結果は「早稲田大15-3明治大」。
最後の「さよなら国立セレモニー」も含め、大観衆の満足度は高かったと思う。
ただ残念なのは、その直前に秩父宮で行われた「慶應義塾大 0-75 帝京大 」の試合が
同会場で行われていたら、観客の満足度はさらに高かったのではないだろうか。
こちらの試合は残念ながら、帝京大の完成度の高い強さだけが際立っていた。

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「We Love RUGBY!.」は国内のすべてのラグビーを応援しています。
スポーツを愛する全ての人がハッピーでありますように!
大元よしき(タイゲン ヨシキ)
1962年生まれ。2003年外資系IT企業のマネージャーからフリーのライターに転身。スポーツのほか、少年非行、歴史関連も執筆。保善高校からラグビーを始め、チームは2、3年時に花園に出場するも、グラウンドに立てたのは開会式のみ。東洋大学、関東社会人リーグで17年間ラグビーと共に歩む。
弓道三段(右肩の怪我で断念)。
連載中!
「障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた」
「ルポ・少年院の子どもたち」
著書に
「あの負けがあってこそ~再起を懸けたアスリート25の軌跡」
「命のバトン~個性派不登校児と自閉症児の教室」
「1万回の体当たり~タックルマン石塚武生 炎のメッセージ~」
「一緒に見上げた空~自閉症児×元不登校児 武蔵野東ラグビー部の軌跡~」
「ジャパンラグビー革命」(上田昭夫/大元よしき共著)
「ファイナルマッチ~ノーサイドの時を迎えて~(小説)」(大元夏樹名で発刊)