サントリーサンゴリアス 田中澄憲 その6 <トップアスリートの突き抜けた瞬間!>

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1997年、田中はキャプテンに就任。明治大学は大学選手権3連覇を狙うも、立ち塞がったリーグ戦の覇者関東学院大に決勝戦で敗れた。関東学院大、初優勝の時である。
 卒業後、田中は社会人チームの強豪サントリーに入社。ここから長い冬の時代を経験することになる。
◇大いなる存在。
「ボクがサントリーに入った理由は、すぐに試合に出られそうなチームよりも、大きな存在がいて、なかなか出られない環境の方が伸びると思ったからです。それが明治の先輩でありキャプテンだった永友洋司さんでした」
望んで入ったものの、同期たちが次々にポジションを確保する中で、田中は永友の壁を乗り越えられず、もがき苦しんだ。
自信はある。力もあるはずだ。練習も精一杯やっている。それなのに「なぜ出さない」という気持ちが大きくなっていった。
そして勝気な性格から「自分は頑張っているのに、なぜ出られないんだ?」とコーチ陣に食って掛った。返ってきた答えは「能力はあっても経験がない」というものだった。
しかし、試合に出なければ経験の積みようがない。「それじゃ答えになっていない」と田中は納得できないまま悶々とした日々を送った。
永友の存在は大きかった……。
田中は試合に出られない自分が許せなくて、怒りにも似た気持ちでいっぱいだった。
◇気づき。
田中個人に留まらず、当時のサントリーはあと一歩の戦績に苦しみ、浮上のキッカケを掴めないでいた。
再建を任された土田雅人が監督に復帰した。
土田は田中の練習態度を見て、
「俺はおまえを使いたいと思っているのだが、周囲がな……」
田中はコーチや仲間から信頼されていないというのだ。
信頼とはパフォーマンスはもちろんのこと、練習に取り組む姿勢、日々の生活態度など全てに関係するものである。
「当時のボクの練習態度には、なぜ俺を出さないんだという気持ちが表れていたはずなんです」と田中は振り返る。
また土田は、田中にこう問い掛けた。
「他の試合に出ていないメンバーは、なぜ練習していると思う?」
その答えは、
「みんなラグビーが好きだからだろ」
とシンプルなものだった。
しかし、田中はこの言葉の中に出口を見出した。
そして気持ちが変わった。態度が変わった。
それまで理解はしていても、認めたくなかった永友のプレーを盗むようになった。
入社から3年目のことである。
その翌年の春、田中はオーストラリアのブランビーズに留学した。
この約3カ月間のラグビー漬けの日々が田中をすっかり変えることになった。
【続く】

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