三洋電機ワイルドナイツ霜村誠一 その7 <トップアスリートの突き抜けた瞬間!>

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◇吹っ切れた夏。そして初優勝。
練習に気持ちが入っていなかった。自分でも気づいていたが、どうすることも出来なかった。そして、ある夏の日、霜村はメンバーから外された。
「当時の宮本(勝文)監督から凄く叱られたことがありました。僕は高校、大学を通じて指導者から叱られたことがなかったので、よく憶えているんですよ。気持ちが入っていないプレーをしていたからです。自分でもよくわかっていたのですが、できなくて……。
でも、外されたことによって、自分でもハッと気づいて『ならば、やってやろうじゃないか』と気持ちが高まってきたのです。長い間怪我を引きずって、気持ちまで病んでいたような期間でした。メンバーから外されたことが、気持ちが戻るキッカケとなったのです」
この2007シーズン、三洋電機ワイルドナイツはぶっちぎりのリーグ戦13戦全勝。
プレーオフトーナメントでは、サントリーサンゴリアスに苦杯を舐めさせられたものの、見事「日本選手権」でリベンジを果たし、1960年の創部以来、初めて日本一の栄冠を勝ち取った。痛いことを厭わない、身体を張った霜村のプレーが、優勝に大きく貢献したことは言うまでもない。それが評価され、2007シーズンのベストフィフティーンに選ばれたのである。
◇ライバルの存在。
三宅敬さんです。ひとつ年上なんですが、一番仲良くさせてもらっています。関東学院大からいっしょなので、私生活では敬語を使わないって怒られます(笑)。
僕にとって、ライバルというよりも近づきたい人なんです。リーダー性があって、学ぶべきところがたくさんあって、向かうべき方向性を示してくれる人だと思っています。練習をいっしょにやるのはきついんですよ、かなりハードなことをしますからね。でもいっしょにやらないと自分が向上できないんです。
ライバルとは違いますけれど、僕が三宅さんのことを思っているように、僕も後輩から慕われたり、尊敬される選手になりたいです。三宅敬という選手を越えたいですね。

◇座右の銘。

以前は「謙虚」だったのです。試合に出ているうちに、それが当たり前だと慢心するので、「謙虚」でいることを自身に言い聞かせていたのかもしれません。ですが、今は「感謝」です。毎回試合の前は「怪我をして、これで終わりになってもいい」と思って試合に出ているんです。もうそんなに長くプレーできるわけじゃありません。一日一日感謝しながらラグビーをしたいのです。怪我を含めて、様々な出来事に感謝していますし、いろいろな方々にも感謝しています。
霜村選手 ありがとうございました。
WE LOVE RUGBYの執筆陣は、ラグビー日本代表を応援しています。
 
【了】
【プロフィール】
大元よしき(タイゲン ヨシキ)
1962年生まれ。2003年外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆。弓道三段。保善高校からラグビーを始め、チームは2、3年時に花園に出場するが、グラウンドに立てたのは開会式のみ。東洋大学、東急、ミノルタで17年間ラグビーとともに歩む。
雑誌「WEDGE」に『あの負けがあってこそ』連載。
著書に「命のバトン~自閉症児と個性派不登校児の教室」「1万回の体当たり~タックルマン石塚武生 炎のメッセージ~」「一緒に見上げた空~自閉症児×元不登校児 武蔵野東ラグビー部の軌跡~」「ジャパンラグビー革命」(上田昭夫/大元よしき共著)「ファイナルマッチ~ノーサイドの時を迎えて~(小説)」(大元夏樹名で発刊)。
その他イーブックでは、「猛き風~伊藤剛臣世界への挑戦~」「最後のスクラム(小説)」あり。