三洋電機ワイルドナイツ霜村誠一 その5 <トップアスリートの突き抜けた瞬間!>

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◇ジャパンへ
2004年三洋電機に入社。
霜村はその年の春に日本代表Aに選出されニュージーランド遠征に参加。そこでのプレーが高く評価され、直後に行われた春シーズンのメインイベント「TOSHIBAスーパーパワーズカップ(アメリカ、ロシア、カナダ、日本の4カ国間で競われる)」で日本代表に選出された。しかし出場機会は訪れなかった。
「ジャパンには選ばれているんです。でもまったく試合に出してもらえないので行くだけ無駄だと思いました。だから当時の萩本(光威)監督に『行っても出してもらえないのでもう行きません』とお断りしました。あの頃はまだ日本代表の重みがまったくわかっていなかったので、そんなことが言えたのだと思います(笑)。すみません、生意気でした」
◇初キャップ
霜村はその年の秋に行われた「スコットランド・ルーマニア・ウェールズ遠征」のメンバーに再び選ばれた。ここで初めて日本代表として、スコットランドとのテストマッチに出場する機会を得た。
「初キャップだからといって緊張するようなことはありませんでした。背負うものの大きさもわかっていませんし、国内でラグビーに関わる人たちの代表だなんて、若過ぎたので考えてもいませんでした。本当に申し訳ないと思いますが、あの時は、ただ自分のため、自分を応援してくれている人たちのため、その思いだけで腹を括りました。ですが試合はボロ負けです。僕自身は、とにかく思い切りやったと思っています。だからなのか、個人的には高く評価された試合でした」
霜村にとって記念すべき初キャップではあった。
しかし日本代表は本場ヨーロッパで世界の壁を味わうことになる。
結果は「日本代表8-100スコットランド代表」という大差で敗れた。
この社会人1年目のシーズンは、三洋電機でも日本代表でも、個人的な充実度は高まるばかりだった。しかし、それが思わぬ結果を招くことに……。
【続く】

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