NECグリーンロケッツ 熊谷皇紀 その2 <トップアスリートの突き抜けた瞬間!>

<トップアスリートの突き抜けた瞬間!>
NECグリーンロケッツ熊谷皇紀 その2

1978年、熊谷は福岡県に生まれた。父は警察官である。職業柄、厳しい家庭だったが、週末には楽しい経験をたくさんさせてもらったと熊谷は振り返る。
その父から「人生の岐路では自分で意志決定をすること」と指導されて育てられた。迷っていたり、大きな分岐点では相談に乗るが、けっして親の考えを強制するようなことはなかったようだ。
そして熊谷が決めたことに対しては「全力でサポートするぞ」と支えてくれるような父だった。
しかし、ひとたび熊谷の気持ちがふらふらとしようものなら厳しい指導が待っていた。自分で決めたからには徹底してやれということである。
熊谷の性格を形作った背景には、この父の影響が大きかった。
◇ラグビーとの出合い
ラグビーとの出合いは、福岡市立長丘中学校入学と同時に、担任であり、ラグビー部顧問の宮田に誘われたことがきっかけだった。熊谷曰く「走るのが速いとか、身体能力が高いとか、特にいいところがあるような子じゃありませんでしたよ、いたって普通です。でも中学3年生で188cmはありました(笑)。そんな子、周りにはいませんでしたね」。
そんなに大きくて、どこが「いたって普通」なのか、その感覚がすでに普通ではないが……。
ラグビー部に誘った先生から見た熊谷は非凡だったに違いない。とにかくラグビーはもちろんのこと、生活態度全般に至るまで厳しい指導を受けることになった。
福岡県といえば幾多の日本代表、名選手を輩出している日本有数の地域である。ハイレベルのラグビースクールが多いことも、その要因のひとつだろう。だが、熊谷が出合ったラグビーは、中学校の部活動としてのものだった。
ここから試練のラグビー人生が動き始めるのである。
【続く】