ラグビー日本代表 大野均 その7 <トップアスリートの突き抜けた瞬間!>

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―ライバルについてお聞かせ下さい。
大野:NECの熊谷皇紀とNTTコミュニケーションズの木曽一です。
彼らは同期なんですけど、日本代表ではロックでライバルなんです。
自分よりも彼らの方が先に選ばれていて、自分が代表に呼ばれたばかりの時は、あの二人が試合に出ていました。
だから自分は3番手だったのです。
当時の自分は、東芝では試合に出られるようになっていましたが、まだ自信があったとは言えませんでした。
でも東芝で出ているのですから、代表でも出なければ意味はないんです。
ラガーマンである以上、試合があれば出なければいけないと思っています。
自分は人一倍練習してきた自負があるのですが、彼らはラグビーに対する思いも熱いし、
知識がとても深いんです。思いもしなかったようなことを考えていることがあります。
そんな時は、「あぁ自分はまだまだ足りないんだ」と感じさせてくれるライバルたちです。
すごく仲はいいんですけど、同期であるからこそ負けられないという思いが強くあります。
昨夜もこの三人で飲んでました(笑)。自分ら、でかくて異様かもしれませんね。
他のチームで意識している選手は、三洋電機のダニエル・ヒーナンですね。
まだまだ及びませんが同じポジションなので何とかしたいです。あとは近鉄のトンプソン ルーク。
日本代表でいっしょにプレーしていますが、彼もワークレートの高い選手ですから、特に意識しています。
―弱さと向き合う、それはどんな時ですか。
大野:自分が出ていない、出られない試合は心の底から応援することができません。
そこが人間的に未熟な部分です。
これは高校生でも、大学生でも、社会人でもきっと同じような思いを持つと思うんですが、
自分がどんな状況であろうとも、チームの勝利のために、何らかの後押しをするという気持ちを持ちたいと思っています。
いつか自分も身体が衰えてきて、試合に出られなくなってくる時が来ます。
その時にどんな姿勢でラグビーに取り組んでいるか。そこに自分の人間性が問われると思っています。
「大野は試合には出られないけど、よく身体を張っている。よく頑張っている」と思われる選手になりたい。
いくつになっても妥協しない選手でありたいですね。
最後に、
座右の銘は思いつかないんですが、好きな言葉ならあります。
「灰になってもまだ燃える」いつか映画か何かで見たセリフだったと思います。
大野選手、お疲れのところありがとうございました。
WE LOVE RUGBYの執筆陣は、ラグビー日本代表を応援しています。
 

「WE LOVE RUGBY」

【了】
【プロフィール】
大元よしき(タイゲン ヨシキ)
1962年生まれ。2003年外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆。弓道三段。
保善高校からラグビーを始め、チームは2、3年時に花園に出場するが、グラウンドに立てたのは開会式のみ。
東洋大学、東急、ミノルタで17年間ラグビーを歩む。
雑誌「WEDGE」に『あの負けがあってこそ』連載。
著書に「1万回の体当たり~タックルマン石塚武生 炎のメッセージ~」
「一緒に見上げた空~自閉症児×元不登校児 武蔵野東ラグビー部の軌跡~」
「ジャパンラグビー革命」(上田昭夫/大元よしき共著)
「ファイナルマッチ~ノーサイドの時を迎えて~(小説)」(大元夏樹名で発刊)。
その他イーブックでは、「猛き風~伊藤剛臣世界への挑戦~」「最後のスクラム(小説)」あり。