ラグビー日本代表 大野均 その4 <トップアスリートの突き抜けた瞬間!>

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その当時の東芝は、1996~98年度の日本選手権3連覇以降、国内の覇権争いから一歩後退し、
神戸製鋼やサントリーの後塵を拝する苦しいシーズンを重ねている時だった。
冨岡らは、「どうやったら勝てるようになるんだ」と練習の無い日でも、
グラウンドに出て黙々とその答えを探していたのである。
大野はその姿にやるべきことが見えた。
「試合に出ている先輩たちが練習しているのに、出ていない俺が休んでいるわけにはいかない」とそこへ混じった。
練習するしか周囲のレベルに追いつくことはできない。ましてや試合に出ることなど叶うはずもない。
休日の練習や全体練習後の居残りも含め、地味なことの積み重ねは大野が最も得意とするところだった。
夏が過ぎ、秋を迎えた。
大野はシーズン開幕直前に行われたNECとの練習マッチに出場する機会を得た。
東芝入社後、初めて出場した試合だった。
「肩の怪我、リハビリ、俺はこのまま終わってしまうんじゃないか……、
そんな不安とかいろいろあったものをあの試合で一気に吐き出しました。
あれで出来るぞという実感が湧いたのです」
だが、入社1年目のシーズンは公式戦に出場する機会がないまま、
全国社会人大会の1回戦で幕を閉じることになった。チームにも、大野個人にも厳しい結果となった。
◇悶々と過ごす日々。チャンスは突然やってきた。
1シーズンを終えて、自分の足りないところは見えていた。
シーズンオフから大野は走り込んだ。もう周りに追いつくためではない。
試合に出場し、勝つために自分を追い込んでいったのである。
入社2年目、秋本番(当時は東日本リーグ)を迎え東芝に強さが戻ってきた。
だが、チームの充実に反し、そのシーズンも大野は怪我で出遅れ、リザーブにも入ることが出来なかった。
その後、怪我は治り、出られる準備も整えていたが、出場する機会を得ぬままに悶々とした日々を過ごしていた。
【続く】

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