日本ラグビーの歴史に触れる。

■横浜で発祥したフットボール
昨年は横浜開港150周年(1859年に開港)。このイングランド生れの競技が日本に入ってきて、
「フットボール」として最初に行なわれたのが、横浜山手にあった駐留軍キャンプ地だったそうだ。
英国の兵士たちがプレーしたのが始まりである。
 その後、日本人チームとしては、1899年慶應義塾大学の英語教師F・B・クラークがケンブリッジ大の学友であった田中銀之助の協力を得て、塾生たちにラグビーを教えたことに始まる。
■一時代を築いた大学ラグビーの歴史
その後、同志社大、早稲田大、明治大、東大、立教大、成蹊大、筑波大、法政大などが次々に創部。
いわゆる伝統校と呼ばれる大学チームにより、日本のラグビーは発展を遂げた。
なかでも「早明戦」「早慶戦」は根強い人気を誇り、観客の年齢層の幅広さは大学ラグビーならではのものだ。
 長い間、伝統校同士の対戦により日本一が競われてきた歴史がある。
(関東大学対抗戦グループと関東大学リーグ戦グループの分裂については別の機会に触れたい。)
 しかし、関東大学リーグ戦グループの大東大の台頭により、その構図が崩れ、その後、関東学院大は早稲田大とともに一時代を築き、さらに昨シーズンは帝京大と東海大という新たな勢力による頂上決戦が行なわれた。
■ラグビーの人気を支えてきた、大学ラグビー
「伝統校vs伝統校」から「伝統校vs新興校」という時代を経て、「新興校vs新興校」へと時代は移ろうとしているのだろうか?
日本のラグビー人気を支えてきた大学ラグビーは、2009シーズンから大きな転換期を迎えたと見て良いだろう。
まさに群雄割拠。
 今後勢力図は大きく塗り変えられる可能性もある。
もちろん伝統校がこのまま黙っているはずもないが、この新興勢力の2校は2010シーズンだって強烈に強いはずだ。
 想像するだけでも楽しみは尽きない大学ラグビーだが、関東と関西の格差が開き過ぎてしまったことが少々気になる。健全な競技発展のためには、それぞれの地域の実力が拮抗していなければならない。関西勢の巻き返しがラグビー人気復活のための大事な要素であることは間違いないだろう。
■”花園”を目指す高校ラグビー
また、高校ラグビーに目を転じれば、こちらも根強い人気を持っている。
「花園」と言えば全国大会の代名詞であることは広く一般にも知られている。
 こちらは、大学ラグビーとはまったく地域性が異なり、大阪、京都などの近畿勢と
福岡県がダントツに高く、神奈川県に桐蔭学園のような強豪校もあるが、概ね西高東低の構図が色濃くなっている。高校も大学もその時代、時代により栄枯盛衰の波を受けながら、輝きを増したり、失ったりを繰返してきた。
 そして、これからもそれは続く。波は一瞬たりとも留まることはないのだから。

「WE LOVE RUGBY !」