「ラグビーを矯正教育に生かす」

2015年の締めにあたって、今まであまり触れてこなかった矯正施設におけるラグビーについて記しておく必要があると思いたち、本年6月に公益財団法人矯正協会が発行する『刑政』6月号に寄稿した「スポーツと少年矯正との関わり~」に一部修正を加えてご紹介します。

私が茨城県の初等・中等少年院『水府学院』を訪れるようになったのは、元ラグビー日本代表で当時常総学院高校ラグビー部監督の石塚武生氏に誘われた事がキッカケだった。2008年夏の菅平とシーズンを終えた秋に説得を受けたのだが、特に2度目は石塚氏らしい粘りと熱量を持ったものだった。
「僕は少年院でタグラグビー講座を通してラグビー精神を伝える活動をしている。それにぜひ協力してほしい。ライターとしてではなくスタッフとして彼らと接しながら、少年院のことを社会に伝えてほしいと思っている。閉ざされている施設だから、それができるのは限られた人だけだ」

しかし、正直なところを申し上げれば、私は少年院に対してひどく荒れた先入観を持っていたため、とてもじゃないがお引き受けすることはできないと拒絶反応を起こした。
そんな私の心情を見て取った石塚氏は、「話だけでも聞いてほしい」と言葉を続けた。
「少年の犯罪は社会の歪の中から生まれる。家庭や学校、友人関係、ぎすぎすした競争社会や希薄な人間関係、貧困など、子どもが育つ環境の中に犯罪の種がある。僕を含め、大人が作った社会に子どもたちが生まれてきたのだから、少年犯罪が彼らにだけ責任があるとは思えない。社会全体が利己的で自分の利益ばかりを追求し続けた結果じゃないかと思う。社会を構成する我々一人ひとりが自分のこととして向かい合わなければいけない問題だと思うんだ」

石塚さん2

朴訥とした語り口ながら説得力があった。石塚氏が彼らに伝えたかった「One for all , All for one」とは、一般的には「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」と訳されるが、その前半部分を「ひとりは社会のために」と置き換えて「自己犠牲の精神」や「利他の心」で生きることの大切さだった。
見返りを期待せずに、まずは自分が周囲や社会のために何ができるかを考えて行動する気持ちがあれば、必ず健全な居場所ができると伝えたかったのである。
水府学院の少年たちは、石塚氏が毎日接している常総学院の生徒と同じ年頃の子たちだ。育った環境が違えば、どこかで本気で叱ってくれる大人に出会っていれば、ごく普通に制服を着て高校に通っていたかもしれない子たちなのである。心優しい石塚氏には自分の生徒と同じように見えていたに違いない。
私は石塚氏の熱に圧倒されて、翌年開催の「タグラグビー講座」からスタッフに加わることとなった。

◇1年以内に社会復帰を果たす少年たちへ

2009年5月。茨城県水戸生涯学習センター主催、生涯学習移動講座(矯正施設編)「レッツ・エンジョイ・タグラグビー」が開催され、私は初回のみ取材者としての立場で水府学院を訪れた。
「汗をかく前に30分ほど皆さんにお話をしたいと思います」
その後、石塚氏は元日本代表キャプテンとしての実績や栄光よりも、謙虚さを失ったことによる大怪我や早稲田大学監督としての挫折、様々な後悔や反省の連続、孤独感を無様なほどにさらけ出し、自身の半生を語った。しかし、そのマイナスとも言える中にこそ自分を成長させてくれた要因があり、人はどのような挫折や失敗であっても、必ず人生好転の機会とすることができるという内容だった。
思いが高まり時折涙で言葉を詰まらせる石塚氏の姿に、涙をぬぐう少年たちの姿が印象的だった。

その後、実技の指導に入れば、年齢相応の笑顔がグラウンドいっぱいに広がり、まるで中学や高校の体育の授業そのものの光景に変わった。
「みんなよく聞いてくれ。ボールは仲間に気持ちを伝えるものだ。だから両手で大切に扱うこと」
「ボールを落とした子を絶対に責めないこと」
「ミスをした子をチーム全員でカバーすること」
「目の前は相手チームばかりでも、仲間が必ず後ろにいるから大丈夫だ。安心しろ!」

石塚氏は実技の指導中声を掛け続けた。すると少年たちの運動量が多くなり、目も生き生きと輝いてきた。
タグラグビーは後ろにパスを回しながら前進する競技である。そのため走るのが苦手な子にもボールが回ってくる。すると慌てふためきながらも一生懸命に前に出ようとするから、そこに笑いとチームワークが生まれる。「パス!」「右回せ」「左だ」などプレー以外に声はなくとも、少年院とは思えないほど明るい空間となった。
実技指導の最後に、石塚氏は80名を超す少年たち全員から何も防具を付けない身体で体当たりを受けた。見ているこちらが苦しくなるほど辛そうなのである。しかし「よし、来い!もっと来い!」と胸を張って少年たちを促し、肩で息をしながら、足を引きずりながら、最後まで少年たちの身体を受け止めた。

「何があっても絶対に腐ってはいけない。人に喜ばれることを自分の喜びとする。奉仕の精神や犠牲的精神を持っている限り、人に愛され、信頼され、天が味方についてくれる。人生は逃げることなく、まっすぐにぶつかっていくことによってこそ拓かれる」また、「ラグビーは身体を当てるから仲間になれる。この身体の痛みで絆が生まれるんだ。だから僕と君たちは仲間だ」
石塚氏はそんな言葉を最後にグラウンドを後にした。

水府学院 元日本代表石塚武生氏S

◇元ラグビー日本代表としての本気

「あの子たちを本気になって受け止める大人がいなきゃいけない。彼らは居場所が無かったから少年院に来てしまった。みんな1年以内に出院する。でも、家庭や社会に受皿があるのか心配だ。安心して戻れる場所のない子もいる。だからせめて、今日という「この時間」を思い出に残してあげたいし、仲間といっしょにスポーツする喜びを知ってほしかった。正直言うとみんな身体が大きいから、最後の一人まで自分の身体がもつのか不安だった。でもこの子らに何かを残してあげたいと思うから頑張れた。今日もボクの身体は最後までもってくれた。これがラグビー選手のボクにできることなんだ」

帰り道の車内でそんな話をしていると、石塚氏は苦しそうに小刻みに震えた手で胸を押さえ、額には汗が浮き出していた。
80名を超す少年たちの体当たりを受けたのだから、上半身は痣だらけになっていたはずだ。元日本代表と言っても57歳の石塚氏の身体には負担が大きかった。
「身体がもたないから、体当たりはやめてください」と言う私に「誰が彼らを受け止めるの。彼らには本気で接する大人が必要なんだ。自分のことは後回しでいい」と私の言葉を遮った。
石塚氏は「まっすぐにぶつかって行くことによって拓かれる」と彼らに語ったものの、社会は偏見や差別に溢れていることを知っている。だからこそ、時折り激しい動悸に襲われながらも、一人の大人として、また社会を構成する一員として、全力で彼らを受け止めてあげたかったのだ。
その意志の強さが「やめてくれ」と言う私を黙らせたが、以前から人知れず苦しんでいたに違いない。
それから2か月半が経った2009年8月6日。石塚氏は突然死症候群により急逝された。

私たちはその6日前にお会いしてタグラグビー講座を発展させるアイデアを出し合い、いくつかのお約束をしていた。その時は「なぜ急にこんな約束をするのだろう」と違和感を覚えたのだが、いま思えば予期されていたとしか思えない。
私はスポーツノンフィクションライターという職業柄、様々な競技の方にお会いする機会がある。それを活かして、「この方ならば!」と思う選手をタグラグビー講座に招き、講話をお願いし共にタグラグビーを楽しんでもらおうというのが約束の一つ目。
二つ目は、雑誌やWebに少年院に関連する記事を継続的に掲載し、社会に向けて少年院の取り組みを発信すること。
三つ目は、親と子の絆を深めるタグラグビー交流会を開催し、そこへ茨城県内の企業経営者や商店主、教育関係者が加わり少年たちの社会復帰を支援しようという案であった。
そのどれもが少年院の理解を広め、出院後の就職や再犯の抑制に繋がると考えたのである。

◇石塚氏の遺志を継ぐ

石塚氏の他界後、「タグラグビー講座」は親友であり元ラグビー日本代表、元慶應義塾大学監督である上田昭夫氏をリーダーに「ラグビー講座」として引き継がれ、2015年6月で12回ほど開催されている。(2015年上田氏は入院中のため不参加)
「初めて彼らに接して思ったことは、イメージとはかけ離れたいわゆる普通の子ばかり。スポーツに没頭しているあの子たちは少年そのものです。どんな環境でも子どもは親の背中を見て育つもの。あの子たちを見て、家庭環境の大切さを改めて感じました。スポーツをしている瞬間は一切を忘れて楽しむことができる。我々が水府学院に行く意味はそこにあるのかなと思っています」(上田氏)
上田氏のチームに変わった初回、私は石塚氏がどんな思いで少年たち全員から体当たりを受けていたのか、その思いを伝えたところ、何人もの少年たちが肩を震わせながら泣いていた。これには私の目頭も熱くなった。

上田さん2    上田さん1

また、並行して石塚氏との約束も形になっていった。一つ目の他競技の選手の参画は、ラグビー講座とは別枠で、水辺の事故から人を守るライフセービング元日本チャンピオンの植木将人氏と北矢宗志氏に流通経済大学ライフセービング部員を加え、「ライフセービング講座・命のバトン」として2015年の12月で5回を迎えた。
また視覚障害者柔道9年連続日本一の初瀬勇輔氏、ウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)元日本代表キャプテンの三阪洋行氏による講和は3年連続で行われている。
どの講師も「少年院で何を伝えるべきなのか」と様々な葛藤を繰り返しながら当日を迎えている。しかし、一度でも彼らの前に立ったなら、また次回も講師を務めたいと誰もが言う。
二つ目の約束は、出版社ウェッジのWebマガジン、ウェッジ・インフィニティで「ルポ・少年院の子どもたち(http://wedge.ismedia.jp/category/rugby)」というタイトルでシリーズ化されている。ぜひともバックナンバーを含めご一読賜りたい。
三つ目の約束「タグラグビー交流マッチ」は、社会に繋がる講座をテーマに2015年2月24日、茨城県ラグビーフットボール協会主催、水戸市内のロータリークラブの協力のもと、茨城県内はもとより東京や京都からも集まった26名の外部講師が参加して行われ、6月には平日にも関わらず40名もの外部講師が集まって第2回が開催された。

◇タグラグビー交流マッチとは

本企画の趣旨は、外部の参加者が少年たちと直接交流することによって、地域社会が少年院の理解を深めると共に少年たちの更生意欲を高める機会とすることにある。モデルとなる健全な社会人に接することも大切なことだ。スポーツを通してルールを守ることや審判、対戦相手、仲間を尊重することを学び、「One for all , All for one」「ひとりは社会の為に(利他の心)」のラグビー精神を学ぶ機会になってほしいと願っている。

タグラグビー交流マッチ

この交流マッチが継続して開催されることによって、地域社会に理解者が増え、それが協力雇用主となって出院後の就職に繋がってほしいという強い願いが込められていることは言うまでもない。
責任者は現茨城県高萩市教育長の小沼公道氏である。小沼氏は長年学校教育と社会教育に携わる傍ら、茨城県ラグビーフットボール協会の副理事長としてラグビーの普及育成、競技発展に尽力されてきた方だ。
そもそも水府学院内で法務省と文部科学省の垣根を越え、生涯学習移動講座(8講座10回)が始まったのは小沼氏の働き掛けによるものである。詳細に触れるととても書き切れないので割愛するが、教育者としての使命感から関係者を説き伏せ実現に至っている。
その講座の中に石塚氏の「タグラグビー講座」があった。小沼氏の思いは石塚氏に託され、さらに上田氏や筆者へと繋がれ、枝分かれして、再び小沼氏にパスが戻っていったのである。
小沼氏は交流マッチについてこう語る。

「私たちはこれをスポーツイベントとしてではなく、企業経営者や会社員、教育者が参画する社会教育の一つの形として考えています。これがモデルケースとなって他の地域でも、他の競技でも行われることを願っています。外部の人たちが少年たちと直に触れ合うことによって、理解者が増え協力雇用主が増えていく。それが彼らの社会復帰に繋がってくれると願っています。法を見直すことも大切ですが、再犯を抑えるには、こうした地域を巻き込んだ働き掛けが必要なのではないでしょうか。まずは出来ることから始めるべきです」
小沼氏は交流マッチに先立ち「本気で少年たちを更生させようとする大人たちが参加する社会教育として行います」と外部講師を前に宣言している。

私は前述した講座の全てに関わってきた。また講座以外にも、法務教官や少年との面談を通して少年院を理解しようと努めてきた。気が付けばすでに6年が経とうとしている。犯罪白書によれば少年犯罪は過去最低レベルまで減少しているとあるが、ニュースの扱い方やインターネットの普及によって体感治安は悪化しているようだ。その影響だろうか、私が「ルポ・少年院の子どもたち」を書けば、少年とはいえ犯罪者に保護や教育など無用。少年院から出すなと、とても攻撃的な内容のメールが届くことがあるが、私の伝え方にも反省点があるのだろう。
講師陣は、被害者感情を含め何が正解か葛藤しながらも、1年以内に社会復帰を果たす少年たちが、再犯をしないよう祈りにも似た思いで彼らに接している。
石塚氏の言葉で表したように、罪を犯した少年だけに責任を押し付けていたのでは、根本的な解決には至らないだろう。私たち外部の者たちは専門家ではないが、外部だからこそ出来ることがあると信じている。社会を構成するひとりとして、何をするべきか考え続けたい。

大元よしき
参考記事「ルポ・少年院の子どもたち」(ウェッジ)